« 三川町の阿部誠町長が辞職 | トップページ | 来年1月末の三川町長選挙が早くも動き出す »

2006年11月 5日 (日)

三川町の合併町長選挙は自立派が大差で勝利

11月5日の三川町合併町長選挙は自立派が大差で勝利しました。

G061105mikawa01 阿部誠(前町長)3,239票

五十嵐司(元助役)2,002票

で1,237票もの大差をつけた大勝利です。

強引に鶴岡市との合併を押し付けようとした富塚陽一・鶴岡市長の完全な敗北です。

G061105mikawa02 三川町民は昨年10月合併した鶴岡市の実態をみて、もう合併にはだまされないという明確な判断を下しました。

町民の合併反対の要因は、鶴岡市に合併した藤島などの住民から「合併してなにも良くならない。悪くなる一方だ」という声に大きく影響された結果です。

三川町民は若者のほとんどが「三川町をなくしたくない」と自立の意見で、高齢者も「鶴岡に合併された大山・西郷のG061105mikawa03 衰退を見てきた」と、合併に否定的でした。

しかし、選挙戦では合併推進派は、「阿部町長は途中で合併撤回したことは相手に対し信義に欠く」とか「変質した」「無責任」「混乱に拍車」などと個人攻撃を繰り返し、「自立では三川中学校は建設できない」と、自分が助役時代に町の総合計画に三川中改築事業を組み入れたことを忘れたかのような宣伝を続けていました。

三川町民はデマに惑わされず、「阿部誠氏の合併撤回が、三川町民の利益を裏切ることはできないという誠実な信念から出たもの」であることを理解していました。

逆に、合併しないと「水が来ない」「消防が来ない」「ゴミも出せない」などとデマを飛ばして合併反対派の町議をリコールに追い込み、出直し町議選などムダな経費を使わせた合併推進派はその責任を追及されます。

鶴岡市は合併後の急激な住民負担増とサービス削減、そして19年度予算は50億円も財源不足など財政危機の深まりで、合併は破綻しています。

富塚市長は三川町の町長選挙に対立候補擁立を含めて深く関わり過ぎており、三川町民から「合併はノー」とつきつけられ、合併強行の政治的責任を問われるのは必至で、富塚市長の政治生命にも関わるものとなります。

|

« 三川町の阿部誠町長が辞職 | トップページ | 来年1月末の三川町長選挙が早くも動き出す »

コメント

三川町の合併問題を少し見ていたところ、こちらのサイトを拝見することになりお邪魔します。
市町村合併により吸収された小さな自治体の地域は合併後に十分な政策ができなくなるのではと危惧していました。三川町の名は残してもらいたいと思うので、国が推し進めての市町村合併ですから圧力や財政状況など厳しいでしょうが頑張ってもらいたいものです。
他の日記も興味深く読ませていただきました。
お二方ともこれからの活動を応援しています。

投稿: | 2006年11月11日 (土) 00時34分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/149797/12570954

この記事へのトラックバック一覧です: 三川町の合併町長選挙は自立派が大差で勝利:

« 三川町の阿部誠町長が辞職 | トップページ | 来年1月末の三川町長選挙が早くも動き出す »